日本語の数の単位では、現在の日本で日本語として使われる大数と小数の命数法についてまとめる。
大数の命数法[]
概要[]
現在の日本で使われている大数の命数法は、古代中国で使用された漢字による命数法が元となっている。この方式は場所や時代によって様々な解釈があり、地域によっては混乱がある。漢字表記の数を何種類採用しているかや、漢字の変化に伴う桁の上がり方は、歴史的に「下数」「中数」「上数」の3つの方式が存在し、更に「万進」 (\(10^{4}\)ずつ上がる) と「万万進」 (\(10^{8}\)ずつ上がる) の2つが混在しているものもあり、参照する文献によって同じ漢字でも大きさが全く異なることも珍しくない[1]。
日本では、吉田光由の『塵劫記』1634年 (寛永11年) 版に基づき、近代化の前に表記と大きさが定められたため、一から無量大数までの漢字が大きな混乱がなく受け入れられている。それ以前の版や別の文献では混乱があったものを、大きく整理した形である[1]。これが、例えば中国の場合、万進や万万進が整理されることなく近代化を迎え、更にSI接頭辞の各訳について、「メガ=兆」「ギガ=京」「テラ=垓」「ペタ=秭」「エクサ=穰」と充ててしまい、更にややこしくなった[2]。現在では別の漢字が当てられているものの、メガ=兆のみは定着していたため直されていない[1]。
『塵劫記』の無量大数の「無量」と「大数」の間に傷があることから、後年の写本では誤って2つの数に分割され、無量を\(10^{68}\)、大数を\(10^{72}\)とする解釈が稀にある。例えば国立国会図書館が所蔵する2冊の『新編塵劫記』には、無量と大数がそれぞれ別に掲載されていることが確認できる[3][4]。しかしながら、現在はほとんどの場合この2つに分けることはせず、無量大数という1つの数として解釈するのが一般的である。例えば『広辞苑』第7版は、無量も大数も単に言葉の意味のみを取り上げる一方、無量大数のみを数詞として紹介し、出典を『塵劫記』としている[5][6]。
また、『大方広仏華厳経』の各訳では「阿僧祇」「那由他」「不可思議」が登場するが、定義や大きさが全く異なるため、たまたま表記や原義が一致するだけの別物であると考えてよい。これらの数はいずれも仏教用語で大きな数を意味する言葉であり、具体的な大きさと言う後付けの意味が異なるのも当然と言えば当然である。
一覧[]
現在の日本で一般的に使われている数の大きさは、『塵劫記』1634年 (寛永11年) 版に基づくものである。『算法統宗』および『塵劫記』初版では、無量大数ではなく「無量数」という表記であるが、比較のため記載する。また、その他の細かい違いについては各項目で詳しく記述している。
名称 | 読み | 値 | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
礼記 | 数術記遺 | 算法統宗 | 塵劫記 | ||||||
前漢 | 2世紀頃 | 1592年 | 初版 | 1631年版 | 1634年版 | ||||
中数万万進 | 下数 | 中数万進 | 上数 | 中数万万進 | 下数 | 中数万進 | 中数万進 | ||
一 | いち | \(10^{0}\) | \(10^{0}\) | \(10^{0}\) | \(10^{0}\) | \(10^{0}\) | \(10^{0}\) | \(10^{0}\) | \(10^{0}\) |
十 | じゅう | \(10^{1}\) | \(10^{1}\) | \(10^{1}\) | \(10^{1}\) | \(10^{1}\) | \(10^{1}\) | \(10^{1}\) | \(10^{1}\) |
百 | ひゃく | \(10^{2}\) | \(10^{2}\) | \(10^{2}\) | \(10^{2}\) | \(10^{2}\) | \(10^{2}\) | \(10^{2}\) | \(10^{2}\) |
千 | せん | \(10^{3}\) | \(10^{3}\) | \(10^{3}\) | \(10^{3}\) | \(10^{3}\) | \(10^{3}\) | \(10^{3}\) | \(10^{3}\) |
万 | まん | \(10^{4}\) | \(10^{4}\) | \(10^{4}\) | \(10^{4}\) | \(10^{4}\) | \(10^{4}\) | \(10^{4}\) | \(10^{4}\) |
億 | おく | \(10^{8}\) | \(10^{5}\) | \(10^{8}\) | \(10^{8}\) | \(10^{8}\) | \(10^{5}\) | \(10^{8}\) | \(10^{8}\) |
兆 | ちょう | \(10^{16}\) | \(10^{6}\) | \(10^{12}\) | \(10^{16}\) | \(10^{16}\) | \(10^{6}\) | \(10^{12}\) | \(10^{12}\) |
京 | けい | \(10^{24}\) | \(10^{7}\) | \(10^{16}\) | \(10^{32}\) | \(10^{24}\) | \(10^{7}\) | \(10^{16}\) | \(10^{16}\) |
垓 | がい | \(10^{32}\) | \(10^{8}\) | \(10^{20}\) | \(10^{64}\) | \(10^{32}\) | \(10^{8}\) | \(10^{20}\) | \(10^{20}\) |
𥝱 (秭) | じょ (し) | \(10^{40}\) | \(10^{9}\) | \(10^{24}\) | \(10^{128}\) | \(10^{40}\) | \(10^{9}\) | \(10^{24}\) | \(10^{24}\) |
穣 | じょう | \(10^{48}\) | \(10^{10}\) | \(10^{28}\) | \(10^{256}\) | \(10^{48}\) | \(10^{10}\) | \(10^{28}\) | \(10^{28}\) |
溝 | こう | \(10^{56}\) | \(10^{11}\) | \(10^{32}\) | \(10^{512}\) | \(10^{56}\) | \(10^{11}\) | \(10^{32}\) | \(10^{32}\) |
澗 | かん | \(10^{64}\) | \(10^{12}\) | \(10^{36}\) | \(10^{1024}\) | \(10^{64}\) | \(10^{12}\) | \(10^{36}\) | \(10^{36}\) |
正 | せい | \(10^{72}\) | \(10^{13}\) | \(10^{40}\) | \(10^{2048}\) | \(10^{72}\) | \(10^{13}\) | \(10^{40}\) | \(10^{40}\) |
載 | さい | \(10^{80}\) | \(10^{14}\) | \(10^{44}\) | \(10^{4096}\) | \(10^{80}\) | \(10^{14}\) | \(10^{44}\) | \(10^{44}\) |
極 | ごく | \(10^{88}\) | \(10^{15}\) | \(10^{48}\) | \(10^{48}\) | ||||
恒河沙 | ごうかしゃ | \(10^{96}\) | \(10^{23}\) | \(10^{56}\) | \(10^{52}\) | ||||
阿僧祇 | あそうぎ | \(10^{104}\) | \(10^{31}\) | \(10^{64}\) | \(10^{56}\) | ||||
那由他 | なゆた | \(10^{112}\) | \(10^{39}\) | \(10^{72}\) | \(10^{60}\) | ||||
不可思議 | ふかしぎ | \(10^{120}\) | \(10^{47}\) | \(10^{80}\) | \(10^{64}\) | ||||
無量大数 | むりょうたいすう | \(10^{128}\) (無量数) | \(10^{55}\) (無量数) | \(10^{88}\) | \(10^{68}\) |
小数の命数法[]
概要[]
小数の命数法は、日常的にはせいぜい厘や毛までしか使われていないことから、統一化が図られておらず、結果的に複数の値が現在でも存在する。例えば、大数の基準となっている『塵劫記』は小数を埃までしか載せておらず、このことも統一化を阻んでいる。
一覧[]
以下、6つの文献に基づく大きさを列挙していく。ほとんどの文献では下数で定義されるが、『算学啓蒙』は最も性質が異なり、沙以下は万万進としている他、虚空と清浄という2つの単位をを虚・空・清・浄の4つの単位としている。
名称 | 読み | 大きさ | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
塵劫記 | 竪亥録 | 重訂算法統宗 | 原本直指算法統宗 | 新編直指算法統宗 | 算学啓蒙 | ||
一 | いち | \(10^{0}\) | \(10^{0}\) | \(10^{0}\) | \(10^{0}\) | \(10^{0}\) | \(10^{0}\) |
分 | ぶ | \(10^{-1}\) | \(10^{-1}\) | \(10^{-1}\) | \(10^{-1}\) | \(10^{-1}\) | \(10^{-1}\) |
厘 (釐) | りん (り) | \(10^{-2}\) | \(10^{-2}\) | \(10^{-2}\) | \(10^{-2}\) | \(10^{-2}\) | \(10^{-2}\) |
毛 (毫) | もう (ごう) | \(10^{-3}\) | \(10^{-3}\) | \(10^{-3}\) | \(10^{-3}\) | \(10^{-3}\) | \(10^{-3}\) |
糸 (絲) | し (し) | \(10^{-4}\) | \(10^{-4}\) | \(10^{-4}\) | \(10^{-4}\) | \(10^{-4}\) | \(10^{-4}\) |
忽 | こつ | \(10^{-5}\) | \(10^{-5}\) | \(10^{-5}\) | \(10^{-5}\) | \(10^{-5}\) | \(10^{-5}\) |
微 | び | \(10^{-6}\) | \(10^{-6}\) | \(10^{-6}\) | \(10^{-6}\) | \(10^{-6}\) | \(10^{-6}\) |
纖 | せん | \(10^{-7}\) | \(10^{-7}\) | \(10^{-7}\) | \(10^{-7}\) | \(10^{-7}\) | \(10^{-7}\) |
沙 | しゃ | \(10^{-8}\) | \(10^{-8}\) | \(10^{-8}\) | \(10^{-8}\) | \(10^{-8}\) | \(10^{-8}\) |
塵 | じん | \(10^{-9}\) | \(10^{-9}\) | \(10^{-9}\) | \(10^{-9}\) | \(10^{-9}\) | \(10^{-16}\) |
埃 | あい | \(10^{-10}\) | \(10^{-10}\) | \(10^{-10}\) | \(10^{-10}\) | \(10^{-10}\) | \(10^{-24}\) |
渺 | びょう | \(10^{-11}\) | \(10^{-11}\) | \(10^{-11}\) | \(10^{-32}\) | ||
漠 | ばく | \(10^{-12}\) | \(10^{-12}\) | \(10^{-12}\) | \(10^{-40}\) | ||
模糊 | もこ | \(10^{-13}\) | \(10^{-13}\) | \(10^{-13}\) | \(10^{-48}\) | ||
逡巡 | しゅんじゅん | \(10^{-14}\) | \(10^{-14}\) | \(10^{-14}\) | \(10^{-56}\) | ||
須臾 | しゅゆ | \(10^{-15}\) | \(10^{-15}\) | \(10^{-15}\) | \(10^{-64}\) | ||
瞬息 | しゅんそく | \(10^{-16}\) | \(10^{-16}\) | \(10^{-16}\) | \(10^{-72}\) | ||
弾指 | だんし | \(10^{-17}\) | \(10^{-17}\) | \(10^{-17}\) | \(10^{-80}\) | ||
刹那 | せつな | \(10^{-18}\) | \(10^{-18}\) | \(10^{-18}\) | \(10^{-88}\) | ||
六徳 | りっとく | \(10^{-19}\) | \(10^{-19}\) | \(10^{-19}\) | \(10^{-96}\) | ||
虚空 | こくう | \(10^{-20}\) | \(10^{-20}\) | \(10^{-20}\) | |||
清浄 | しょうじょう | \(10^{-21}\) | \(10^{-21}\) | \(10^{-21}\) | |||
虚 | こ | \(10^{-104}\) | |||||
空 | くう | \(10^{-112}\) | |||||
清 | しょう | \(10^{-120}\) | |||||
浄 | じょう | \(10^{-128}\) |
その他[]
上記以外に「阿頼耶」、「阿摩羅」、「涅槃寂静」という小数があるという言及が見受けられる。有名な掲載場所としてWikipediaがあった。また、NHKの『にほんごであそぼ』でも放送されたことのある、うなりやベベン作詞作曲『1より小さいかず』では、タイトルの通り小数を紹介しており、歌詞内に阿頼耶、阿摩羅、涅槃寂静を含んでいる[8][9]。しかし、この3つの数詞が小数であることを裏付ける文献資料は見つかっていないため、Wikipediaでは記述が削除されている。資料が見つからない現時点では、実際に小数としての意味を持っていた可能性はないと考えられる。
出典[]
- ↑ 1.0 1.1 1.2 1.3 高杉親知. (Oct 2, 2002) "無量大数の彼方へ". 思索の遊び場.
- ↑ "表一: 國際單位字首". 香港教育大學.
- ↑ 吉田光由. (出版年不詳) "新編塵劫記 3巻". 国立国会図書館デジタルコレクション.
- ↑ 吉田光由. (1689) "新編塵劫記 3巻". 国立国会図書館デジタルコレクション.
- ↑ 新村出 (編者). (2021, 第4刷) "広辞苑 第七版, む-りょう【無量】 (p2869)". 岩波書店. ISBN: 978-4-00-080131-7
- ↑ 新村出 (編者). (2021, 第4刷) "広辞苑 第七版, たい-すう【大数】 (p1754)". 岩波書店. ISBN: 978-4-00-080131-7
- ↑ 7.0 7.1 師尾潤. "数の名前について(第三版)". 雨粟莊.
- ↑ "1より小さいかず(小数の名前より)/うなりやベベン". JOYSOUND.
- ↑ "にほんごであそぼCD「百」~たっぷりうたづくし~" NHKスクエア.