違法素数 (Illegal prime) とは、違法となるような情報を含む違法数 (Illegal number) であり、かつ素数である[1]。特にDeCSSのソースコードを含む素数を指し、違法素数を公開することは2001年5月30日から2004年1月22日の間はデジタルミレニアム著作権法に基づき違法となる可能性があった。
概要[]
前史[]
CDよりも大容量の保存メディアであるDVDの登場後、1996年にアクセスコントロール技術であるCSS (Content Scramble System) が開発された。ところが1999年9月から10月にかけ、CSSを無効化するDeCSSが開発され、同年10月6日に公開された[1][2][3]。3人の内の1人であるヨン・レック・ヨハンセンは、DVDをLinuxで再生するためにDeCSSを開発したが、CSSはDVDのコピーガード技術でもあるため、DeCSSを使用すれば無制限なDVDの複製も可能になる。これを受けMPAA (アメリカ映画協会) は、DeCSSは作品の権利を侵害するツールであり、違法であるとしてニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所に提訴した[4]。2000年1月20日の仮処分および2001年5月30日の判決では、デジタルミレニアム著作権法に基づき、DeCSSの使用だけでなくソースコードの公開そのものも違法とされた[5]。
アメリカ合衆国では、アメリカ合衆国憲法修正第1条で表現の自由が保障されているが、仮処分後に出された2000年2月2日の覚書では、ソースコードは保護の対象外であると述べていた[6]。しかしながらこの覚書は、バーンスタイン暗号裁判やユンガー暗号裁判の判決で示されていた「ソースコードは修正第1条の保護を受ける」という判決と矛盾しているものであった。このため、表現の自由の観点からの様々な抗議活動が行われた。Tシャツに印刷する、画像、映像、音楽、ゲーム画面、俳句 (DeCSS haiku) の中にソースコードを埋め込む、判決文に誤字を入れ、誤字を読むとソースコードになっている、などである。DeCSSのソースコードの公開自体が違法であることを逆手に取っており、法律の一貫性からすればこれらの公開も違法となるはずである[7]。
違法素数の考案[]
こうした背景の中、フィル・カーモディはDeCSSを数字で表現することを思いついた[1]。全てのソースコードは原則として2進数の数字の集まりであるため、DeCSSのソースコードも1つの数字であるとみなすことができる。カーモディは、オリジナルのDeCSSのソースコードにヌル文字を加えた物をgzipで圧縮し、1つの整数\(k\)とした (\(k\)自体は素数ではない) 。そして算術級数定理により\(k\times256^{n}+b\)が素数となる\(n\)と\(b\)の組み合わせをECPP法 (楕円曲線素数判定法) で探索した。ECPP法を用いたのは、素数データベースのPrimePagesにECPP法で発見された大きな素数トップ20に掲載され公開されることを目指したためである。
gzipではヌル文字以降は無視されるため、\(k\times256^{n}+b\)は解凍すると実行可能なDeCSSとなる。つまり2001年の判決の下では、純粋に数学的な存在でしかない素数であるはずの\(k\times256^{n}+b\)の公開が違法となるという奇妙な状態となる。このため、そのような性質を持つ素数は違法素数と呼ばれた。算術級数定理により、このような形式の違法素数は無数にある[1]。
最初に見つかった違法素数は\(k\times256^{2}+2083\approx4.85651\times10^{1400}\)であったが、これはPrimePagesに掲載されるほど大きな素数ではなかった。更に探索を続けた結果、\(k\times256^{211}+99\approx1.01971\times10^{1904}\)が素数であることが判明した[1]。こちらは2001年当時、ECPP法で素数であることが証明された10番目に大きな素数であり、PrimePagesのトップ20に掲載される基準を満たしていたため、実際に掲載された[8]。
その後[]
2004年1月22日、DeCSSに関連する最後の訴訟がカリフォルニア州の控訴裁判所で棄却された。その前年には、ソースコードの開示を制限するのは非常に限られた状況でのみ有効であるとする判断が下され、DeCSSの公開を禁ずるのは修正第1条で保障された表現の自由に反するという結論に達した[9]。このため違法素数は現在、公開することは違法ではない。
違法素数と\(k\)[]
\(k\times256^{2}+2083\)[]
初めて発見された違法素数\(k\times256^{2}+2083\approx4.85651\times10^{1400}\)は、正確には以下のとおりである[10]。
\(k\times256^{211}+99\)[]
PrimePagesのトップ20に実際に掲載された違法素数\(k\times256^{211}+99\approx1.01971\times10^{1904}\)は、正確には以下のとおりである。これは2001年当時、ECPP法で発見された10番目に大きな素数であった[11]。
\(k\)[]
違法素数で重要な\(k\approx7.41044\times10^{1395}\)は以下のとおりである。\(k\)もDeCSSを表しているため違法素数と同じく "違法" であるが、\(k\)自体は素数ではない。
DeCSS以外の違法素数[]
efdtt.c[]
DeCSSと同じくCSSを無効化できるefdtt.cを実行可能な素数は、DeCSSと同じく違法素数となる可能性がある (あるいはあった) [12][13]。そのような素数の例は\(\sim9.45470\times10^{913}\)[14]や\(\sim2.07402\times10^{1044}\)[15]がある。
その他の違法素数[]
- 1989年に発生した六四天安門事件を意味するため、中国のインターネットで検閲されているワードの1つとして\(89\)がある[16]。
- コロラド州のグリーリー・エバンス学区は、遅くとも2008年度から2009年度にかけて、ギャングを連想させる番号のついたジャージの着用を禁止している。その中で素数は\(13,\ 31,\ 41\)である[17]。
出典[]
- ↑ 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 "illegal prime". The PrimePages.
- ↑ Jon Lech Johansen. "About" nanocr.eu.
- ↑ "Subject: [Livid-dev] Successfull attack on CSS algorithm" Carnegie Mellon School of Computer Science.
- ↑ Robin Gross. (Jan 19, 2001) "Publisher Appeals Injunction Against News Story". Electronic Frontier Foundation. (Archive)
- ↑ David S. Touretzky. "Gallery of CSS Descramblers". Carnegie Mellon School of Computer Science.
- ↑ "Memorandum Order, in MPAA v. Reimerdes, Corley and Kazan". Berkam Klein Center.
- ↑ "Banned Code Lives in Poetry and Song". Carnegie Mellon School of Computer Science.
- ↑ Phil Carmody. "The world's first illegal prime number?". FatPhil's Home Page.
- ↑ "DVD Descrambling Code Not a Trade Secret" Electronic Frontier Foundation. (Archive)
- ↑ "48565...29443 (1401-digits)" The PrimePages.
- ↑ ""'css_descramble.c.gz' · 21688 + 99"". The PrimePages.
- ↑ Dave Touretzky. (Mar 20, 2001) "Prime Number Encoding of efdtt.c".
- ↑ Tony Smith. (Mar 13, 2001) "Tiny C code bests seven-line DVD decoder" The Register. Carnegie Mellon School of Computer Science.
- ↑ "94547...81469 (914-digits)". The PrimePages.
- ↑ "20740...12957 (1045-digits)". The PrimePages.
- ↑ Mark Mackinnon. (Jun 4, 2012) "Banned in China on Tiananmen anniversary: 6, 4, 89 and ‘today’" The Globe and Mail.
- ↑ Jeremy P. Meyer. (Sep 5, 2012) "Greeley school ban on gang numbers includes Peyton Manning’s 18". The Denver Post.