階層内階層基数 (rank-into-rank cardinal) とはこれらの公理の一つを満たす非可算基数\(\rho\)である:
- I3. 非自明初等的埋め込み \(j \colon V_\rho \to V_\rho\)が存在する。
- I2. 非自明初等的埋め込み \(j \colon V \to M\)であって、\(V_\rho \subset M\)を満たしかつ\(j\)の臨界点を超える最小の不動点が\(\rho\)であるものが存在する。
- I1. 非自明初等的埋め込み \(j \colon V_{\rho + 1} \to V_{\rho + 1}\)が存在する。
- I0. 非自明初等的埋め込み \(j \colon L(V_{\rho + 1}) \to L(V_{\rho + 1})\)が存在する。
以上の定義において、\(V\)はフォン・ノイマン宇宙、\(L(V_{\rho+1})\)は\(V_{\rho+1}\)に相対化した構成可能宇宙である。 これらの4つの公理は下に行くにつれ強さを増している。I0はI1を、I1はI2を、I2はI3を、それぞれ示すことができる。I0を満たす基数はI0基数と呼ばれ、あとも同じである。
階層内階層基数の存在を課すこれらの公理はとても強く、\(\textrm{ZFC}\)公理系との無矛盾性を深刻に疑う人がいてもおかしくはないほど強い公理である[注 1]。I0基数の存在はZFCと矛盾することが見つかっていない基数の中でおおよそ最大の無矛盾性の強さを持つ。
巨大数論への応用[]
I0の\(\Sigma_1\)健全性の仮定の下でI0関数の全域性が従う。I0関数は現在知られている計算可能関数の中でも最大級のものの1つと考えられている。実際、\(\textrm{ZFC} + \textrm{I}0\)で全域性が証明可能ないかなる計算可能関数よりも早く増加する。
I3の仮定の下で、レイバーのテーブルからの緩増加関数\(p\)が発散すること(そして\(p(q(n)) \geq 2^n\)を満たす最小の\(q(n)\)として定義される\(p\)の擬逆関数\(q\)の全域性)が従う。\(q(n)\)は非常に早く増加すると考えられている。
上記の説明に現れた「初等埋め込み」、「臨界点」について以下で解説する。
初等的埋め込み[]
構造とは1つ以上の関係を備えた集合(または真クラス)のことである。構造の特殊な例として亜群、群、環、体がある。構造の関係全体の集合をシグネチャと呼ぶ。もし\(\sigma\)がシグネチャであれば、一階\(\sigma\)文とはシグネチャ\(\sigma\)を関係の集合に持つ一階述語論理の文のことであり、特に、変数、量化子、論理演算子、関係を用いることが出来る。
構造\(N\)から\(M\)への初等的埋め込みとは写像\(h \colon N \to M\)であって、論理式\(\phi(a_1,...,a_n)\)が\(N\)で真であることと\(\phi(h(a_1),...,h(a_n))\)が\(M\)で真であることが同値であるものである。\(N\)上の恒等写像\(h(x) = x\)も初等的であることに注意する。初等的埋め込みが非自明であるとは、それが恒等写像でないということである。
さて、ここでは集合論を扱っているので、\(\sigma\)は二項関係\(\in\)のみからなる。すなわち一階\(\sigma\)文は次のような記号で記述される一階集合論理の文である:
- 変数
- \(\exists\)、存在記号。変数が領域上を走るものと考えて存在量化する。
- \(\overline{\wedge}\)、NAND。全ての論理演算子を定義できる最低限の記号。
- \(\in\)、関係。
(巨大数論者なら、これがあのラヨ数にも使われた一階述語論理であると気付くであろう。)これらを用いて、領域上の述語を作ることが出来るのである。任意の集合\(M\)に対し、関係記号\(\in\)の解釈\(\in^M\)を\(\{(m,m') \in M^2 \mid m \in m'\}\)と定めることで、\(M\)は集合論の言語の構造をなす。
臨界点[]
ここでは説明の都合I3の設定のみを考える。順序数\(\rho\)と初等的埋め込み\(j \colon V_{\rho} \to V_{\rho}\)に対し、\(j(\kappa) \neq \kappa\)を満たす順序数\(\kappa \in \rho\)が存在するならばその中で最小のものを\(j\)の臨界点と呼ぶ。例えば、\(j\)は空集合を空集合へ写すので、\(0\)は不動点である。他の有限順序数や、大半の超限順序数でさえも同様である。
もし\(j\)が非自明であるなら、それは必ず臨界点を持つ。まず\(j\)は非自明であるから\(j(x)\neq x\)なる\(x\)が存在するのでそのような\(x\)で階数が最小になるようなものを一つ取る。\(y\in x\)とすれば\(\mathrm{rank}(y)<\mathrm{rank}(x)\)であり、\(x\)の階数による最小性から\(y=j(y)\)であり、初等性から\(j(y)\in j(x)\)である。よって\(y\in j(x)\)であり仮定と併せて\(x\subsetneq j(x)\)を得る。特に\(\mathrm{rank}(x)\leq\mathrm{rank}(j(x))\)である。\(z\in j(x)\setminus x\)を適当に取り、\(\mathrm{rank}(x)=\mathrm{rank}(j(x))\)を仮定し矛盾を導く。\(\mathrm{rank}(z)<\mathrm{rank}(j(x))=\mathrm{rank}(x)\)と\(x\)の最小性から\(j(z)=z\)であり、\(z\in j(x)\)から\(j(z)\in j(x)\) である。よって初等性から\(z\in x\)となり矛盾する。よって\(\mathrm{rank}(x)<\mathrm{rank}(j(x))\)である。\(j\)の初等性から\(j(\mathrm{rank}(x))=\mathrm{rank}(j(x))\)であり[1]、\(j(\mathrm{rank}(x))=\mathrm{rank}(j(x))>\mathrm{rank}(x)\)より\(\mathrm{rank}(x)\)が臨界点となる。
注釈[]
- ↑ Googology Wikiの古い記事では「深刻に疑わしい」と書かれていたが、実際に階層内階層基数の存在の無矛盾性が深刻に疑わしいかどうかを集合論の専門家に伺ってみたところ、疑う人がいてもおかしくはない程度であるという反応だった。時代にもよるのかもしれないが、そこまで疑わしいと断言できる根拠はないのかもしれない。
参考文献[]
- ↑ Dehornoy, Patrick. "Elementary embeddings and algebra." Handbook of Set Theory. Springer, Dordrecht, 2010. 737-774.